今考えたことわざ「いくらのまるのみ」

一度も噛まれることなく、飲み込まれていったいくらのこと考えると、夜も眠れないことない?
ぼくは、あるね。
今がそう。そのこと考え始めたら眠れなくて、今こうしてる。
たぶん生まれてこのかた、噛まずに飲み込んでしまったいくらは500粒を超えていると思う。

完全に噛み潰してから飲み込めばいいじゃんって思うかもしれないけど、問題はそう単純ではないと最近分かってきた。
なぜなら、ふだんぼくたちは完全に噛み潰すことを意識してものを食べることはなくて、それを意識してしまうことで脳にノイズが混入する。
しかも、”いくらをすべて噛み潰す”という行為が目的になってしまうので、無視できないレベルのノイズとなる。
あれ、今何食べたっけ?ってなる。
ぼくがお寿司を食べてるときに話しかけられると、「今何食べてるか分かって話しかけてる?」って強めの口調で聞き返したくなるのもこれが理由だね。
たまにさ、「30回は咀嚼をして、のみこみましょう」って言われて、「いーち、にー」って数えながら噛んでるこどもとかいるけどばかなのかなって思うね、個人的には。

ところが逆に、いくら単体で食べているならまだしも、シャリといっしょに食べてる状況下で、”すべて噛み潰す”という目的意識なしにすべてを噛み潰すことは実質不可能だと思っている。
これをいくらのジレンマと名付けたいね。

つまり、いくらって言うのは、ある意味で一番咀嚼を必要とする食べ物だっていうのがぼくの見解。
問題なのは咀嚼回数ではなくて、正しい表現か分からないけど、噛み方に指向性がいる。
肉とか野菜とか、その他の食べ物は大体アバウトに噛んでれば、味が広がるし、そもそも口に入れば噛めないってことがない。
だけどいくらは、粒を破裂させることを前提に味が成立するので、上あごと下あごがかみ合う範囲内に粒をもっていかないといけない、これを噛みの指向性とよびたい。

要するに、
いくらの粒を破裂させること、と、いくらの味を楽しむこと、はトレードオフの関係にある。
今さら気付いて恐縮だけど、噛み方に指向性が必要ないくらは、少なからず脳にノイズが混入するので、その分のハンディを背負って、今の立ち位置を形成している。

すべて噛み潰すことははじめからあきらめ、80%噛み潰すことを正とする(いくらの80%ルール)流派も存在すると思う。
粒の絶対数が一定以上多くなれば、100%噛み潰すことにこだわる必要はなくなると思う。
一方で、混入するノイズの量を最小限におさえて、100%噛み潰すことを追求する流派も存在していいと思う。
この追究によって、今までの半分の粒数でいくらをお楽しみいただけます、みたいなことが可能になる。

ところで、今考えたことわざは
「いくらのまるのみ」

価値のあるものを手に入れてもそれを使いこなせないこと。
価値のあるものを手に入れても使い方を誤って無駄になること。

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3月のポエム メラトニン

春の恐ろしさに気付いていない人は多い
寒さも終わるし、心機一転年度もかわる
一切の言い訳が許されない
春になってもだめな人は一年中だめな人だと思っていい

大半の人間は自分の中で言い訳を考えて、自分のだめさとつきあっている
言い訳の種をすべて奪われるということは、自分のだめさが生の状態で見えるということ
オゾン層を失った地球みたいなもの

このまま行けば、4月になっても5月になっても
ぼくはだめであり続ける
社会が日の出と共に動き出し、日の入りと共に停止する限り

日の入りと共に脳が冴えてくるぼくにとっては
このまま行くと、10年経っても20年経っても
社会のリズムとの相違がぼくの言い訳であり続ける

メラトニンという薬がある
メラトニンは、概日リズム調整ホルモン
脳内の松果体で分泌される天然のホルモンだが、人工的にも合成することができる
血中のメラトニン濃度は昼夜で異なり、つまりこれによってヒトは24時間のリズムを調整している
今ぼくは、メラトニンの力で、10年20年もつきまとう言い訳の呪いと闘おうとしている

メラトニンは日本では医薬品に該当する
医薬品を製造・販売するためには、薬事法に基づき承認を得る必要があるが
2010年に武田製薬がメラトニンに作用する睡眠導入剤を開発し、厚労省の承認を得たのが初で
しかもこれは処方箋医薬品に該当するため、手に入れるためには医師の診察が必要だ

一方アメリカではメラトニンは医薬品ではなく、栄養補助食品に該当する
そのため一般的なドラッグストアなどで手軽に手に入れることが可能だ
アメリカでサプリメントとして販売されているメラトニンを
インターネットごしに購入し、日本に送付することは法律上可能だ
個人輸入と言えども、日本で医薬品に該当するものを国内に輸入するためには
営業のための輸入でないことを証明するために厚労省の認可を受ける必要があるが
1人分2ヶ月分以内という条件で、特別な証明の必要なしに手に入れることができる

つまり、アメリカでサプリメントとして販売されているメラトニンを
個人直輸入というかたちであれば、2ヶ月分までという条件で手に入れることができる

ただし、注意したいのは、
服用に関しての副作用などすべて自己責任になるということと
手に入れたメラトニンを使って営業または譲渡することは日本では許されない
ということだ
まれに日本国内に営業所のある店舗が、輸入したメラトニンを販売している例を見かけるが
薬事法に抵触する行為だ(インターネットごしであっても)

なお、メラトニンの副作用はいくつか報告されているが
副作用の強度と依存性は大きくないという見解が一般的のようだ
ただし、多量接種すると月経を止める作用があるなどの記載もあるため念のため服用時には注意したい

参考文献:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%B3″ title=”http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%B3
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%BB%E8%96%AC%E5%93%81
http://www.mhlw.go.jp/topics/0104/tp0401-1.html
http://www.fpmaj.gr.jp/iyaku/index.htm

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metheglin祖父

この年末年始は人生初めて実家に帰らないことにしましたが、今年は3回の実家帰省をしました。

1回目は、祖父危篤のため。

昨年末に祖母が亡くなってから、みるみるうちに祖父も元気を失くしたよね。
とうとう自力で呼吸できなくなって、もうだめだっていうときに、うちの母親が持てる限りの権力をふりしぼって医療センターのお医者さんに懇願し、なんとか命をとりつぐ処置をしてくれたって聞いたよね。
じいさんは90をこえていたので、ふつうそんな延命治療を受け入れてくれることってないらしく、「もう十分に生きたんだしゆっくり見送ってあげたらどうですか?」って言われるらしいよね。

母親はさみしがりやなので、ただひとりになるのがいやだっただけだとぼくは思ってるんだけど、安らかないさぎよい死か、延命かの選択で延命をごり押ししたことについて、次の理由をあげました。

「最期にだれに会いたかね?」と祖父にきくと、
「みっちゃん(ぼくのこと)」とこたえたらしい…

孫に会わせるまでは絶対に死なせられないと、うちの母親は思ったらしいです。
まあね、たしかにわかるよ、たしかにぼくは数いるじいさんの孫の中でも一際稀有なる才能を持った孫だったよ。
うんうん、それはわかるんだけど、とりわけじいちゃんっこってかんじでもなかったし、ぼくの名があがったことに関して少し驚きました。

祖父はぼくと対照的に頑健な体の持ち主で、特筆すべきは「歯」でした。
90を過ぎてるのに、というかとうとう死ぬまで、上の歯も下の歯も全本自分の歯でした。
そんな細部にわたって潤沢なリソースを保有していた祖父でしたが、はじめにボトルネックとなったのは「肺」でした。
肺をやられると酸素を取り込めないという、ごまかしきかない致命的な問題が発生します。
酸素を効率的に送り込む必要があるため、はじめの危篤のときに、喉に穴をあけ酸素を送り込めるようにする手術を受けました。
そうすると、はいた息が声帯を通過せず、喉から出て行ってしまうため、声が出なくなります。
1回目帰省したときから、祖父は声が出ない状態でした。

このように肺の衰弱がメインの症状であったため、祖父は血中酸素濃度を常に監視されていました。
この値が全く以て不安定で、推測不能な動きをするんですね。
血中酸素濃度が下がってくると細胞がどんどん死んでいきますので、正常な値にまで戻すために酸素を投入しなければいけない。
酸素投入すると、血中酸素濃度の値が戻ってきます。
だけど、酸素を投入して問題解決なら投入し続けてたらいいわけじゃないですか、でもそうはいかないみたいです。
人体のシステムっておもしろいなあと思ったんですけど、
そもそも肺が弱ってるのに、本来その体が受けきれるキャパシティ以上に酸素投入しちゃうもんだから、体内に炭酸ガスがどんどんたまっていって、はけさせることができないらしいんです。
炭酸ガスが体内にたまると、意識がなくなってくるそうです。
酸素を投入する技術はあっても、炭酸ガスを取り除く技術ってないみたいですね。こればっかりはシステム化できない。
ではどうするかというと、呼吸の流れに合わせて、おなかを押すんです。タイミングをみはからって、炭酸ガスを押し出す。
これがうまくいくと、容態がどんどん悪くなっていたところが、見事に蘇生するみたいです。
母はずっとこれをやっていたそうです。ずっと。3ヶ月くらい24時間ずっと。
そのへんの看護士がどんなにがんばってもうんともすんともいわない、難しいわざだと聞いていますが、
母親がこの炭酸ガス押し出しをやり始めると見事に蘇生できたといいます。
ちなみにうちの母親は地元の病院で看護士長をやっています。

***

2回目の帰省は、祖母の初盆のため。

東京に行ったっきり全く戻ってこなかった暴れ馬ども(ぼくの叔父たち)もさすがに勢揃いし、ボロ家をにぎわせました。
そのとき、こんなチャンスはもうないからと、母親が、体を起こすことも声を出すこともできない祖父を家に連れて帰るという決断を下しました。
数字(酸素濃度)が良くなった一瞬の隙をついて、じいさんをベッドごと車にのせ、ボロ家へ帰宅しました。
じいさんにとっては本当にひさしぶりの帰宅だったと思います。
家に滞在した時間はわずか15分間くらいでした。
特になにをしたというわけではないです。
じいさんの体を無理やり起こし、
ひさしぶりの我が家の眺め、
集合した家族と孫たちの顔を見て、
そして最後に祖母の遺影をみんなで取り囲みました。
病院を出て、戻ってくるまでの60分間くらいのできごとが目に焼き付いています。すごい60分間だった。

ばあさんの遺影を取り囲んだとき、
じいさんの額に青筋がたって、目は煌々としてた。
あんな顔今まで全然見せなかったのに。
病院へ帰る車にいっしょに付き添ったんですが、母親が酸素の濃度が異常に高いとさわいでいました。
酸素投入もしていないのに、何もしていないのに、血中酸素濃度が異様に高かった。
その間、車の中でじいさんずっと笑ってました。ぼくが見てもわかるくらいはっきりと。
じいさんはすごくうれしかったんだと思います。

延命処置を施すって聞いたときに、静かに死なせてやったほうがいいんじゃないかってすごく思いました。
ぼくがじいさんだったら、潔く死ぬ方を望むと思いました。
それに、じいさんを家に連れて帰ると聞いたときも、無理しないほうがいいんじゃないかと思いました。
行ってすぐ帰ってくるだけで、疲れるだけなんじゃないかと。

延命という選択によって、間違いなく、じいさんは死ぬより苦しいおもいをしたはずです。
だけど、うちの母親がさいごまでぶれなかったおかげで、さいごのさいごで死ぬほどしあわせな体験ができたんじゃないかなと思いました。
前に爆問学問(爆笑問題がいろんな教授とかプロの人とかまわるやつね)でホスピスがテーマの回があって、それ思い出した。
http://www.nhk.or.jp/bakumon/previous/20110519.html

苦しそうな患者さんを見てると、できるだけそっとしておいてあげたほうがいいような気になるけど、
自分で体も動かせないような患者の場合、たまに無理矢理手足の運動させてみたり、寝返りをうたせてみたり、外に連れ出したりってやったほうがいい。
それが本当に相手ののぞむことではなかったとしたら、それはしようがない。
そう思って何もしないより、なにかしてあげるほうが先が開けるとかなんかそんなこと言ってた気がします。

***

3回目の帰省は、祖父の葬式に出席するためでした。

嫌な予感はあたって、やっぱりぼく(と姉)が弔辞を読む担当になってました。
いやな仕事はできるだけ後にまわすだめなタイプなので、弔辞はぎりぎりになって書いたんだけど、けっこういいやつができたかなあと思った。

じいさんには特に尊敬できることが3つありました。
・常に目標を決めて毎日を送っていたこと
・毎日を楽しく生きて、まわりも楽しくさせてくれること
・家族に優しかったこと
です。

っていう出だしで、それぞれのエピソードを話すという、できる就活生を彷彿とさせる明快な構成でした。
ただ、ぼくには祖父の一番好きなエピソードがいっこあって、どうしても言いたくて、内緒で無理矢理この構成にねじこんだ。

祖母は祖父よりも少し前に亡くなって、時期は2011年の年末で、急だったのであわてて実家に戻ったんだけど、
そのとき、祖父が見たことない指輪を2個つけてたのに気付いた。
なんだろうと気になってたら、あとから聞いた話、
ばあさんが死ぬ1週間前くらいにテレビ通販で買って、これからいっしょにかたっぽずつつけようねって約束した指輪だったらしい。
このとき祖母88と祖父92だった。

なんていうか、この話、じいさんとばあさんらしさを如実にあらわしたエピソードなんですよ。
喧嘩ばっかりしてるじいさんとばあさんだったけど、なんやかんやで互いに気をかけてて、喧嘩したり仲直りしたりを繰り返してました。
無意識に別れを察知してたのか分からないですが、でも最期は結局そういう夫婦の別れ方だったっていうのが、すごく好きだった。
悲しいとかじゃなくて、ペアリングを買ってつけるっていう行動のかわいさに涙が出ました。

***

metheglin祖父は2012/9/7 92歳で亡くなりました。

最近、すごい勢いでものを忘れていって、なんか全然思い出せないんですよね。人の名前とか、固有名詞系。
(特にひどいのは外国人サッカー選手の名前ね)
社会人入門後のこの忘却スピードのすごさにはちょっと焦りを感じているんですけど、
祖父が死んだときのこのかんじは忘れてはいけないと思った。
なんか忘れそうでこわかったので、残しておきたかったです。

Thank you Grandpa

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あなたの街の寿屋

はいどうもこんにちは。metheglinです。
ここ最近ふと思い出しざまに寿屋(コトブキヤ)のテーマソングを朗らかな声で歌いだすっていうことが何度かありまして、改めて考えるといい曲だったなと思ってYoutubeを探してみたら音源がアップされていたので聞いてみたら涙が頬を伝ったのでみなさんにも共有しますね!

寿屋とは、かつて熊本を本拠地として九州を席巻したデパートです。
カリーノ(旧寿屋) – Wikipedia

ぼくが育ったのは熊本県玉名市ですが、玉名市のど真ん中に、要塞のようにして寿屋は立ち構えていました。
玉名寿屋は、玉名市民の拠り所、居場所でありました。
1回寿屋にお買い物に行けば、少なくとも3人の知り合いに出会うくらい、みんな行ってました。
しかもあれですよ、ぼくが通った小学校は全校生徒100人いなかったので、知ってる人ってけっこう少ないんですよ。
にも関わらず、あの知り合いの密度はすごいですよ。

玉名市は人口4万人程度の平和な街でしたが(今は市町村合併によって7万近い)、それでもときたま自殺者が出ます。
そういう噂は瞬く間に街を駆け巡るのですが、決まって自殺現場は寿屋でした。
明らかに、街で一番でかいビルって一目瞭然ですからね。
今から死のうと考える人が死に場所として選ぶくらい、寿屋は人々の心に浸透していたのです。

そんな寿屋でしたが、経営破綻のため、全店を閉鎖してしまいました。
玉名寿屋の跡地にはJUSCOが入りましたが(JUSCOものちに閉店)、ぼくはそれを受け入れられず、JUSCOのことを寿屋と呼び続けました。

寿屋とさよならしてからもう10年経っています。
当時寿屋を拠り所としていたみんながこの曲を聴いたら、涙を流して喜ぶんじゃないかと思います。
Youtubeのコメント欄まさにそのままに。

デパートとかスーパーって無限ループで同じ音楽流し続けたりするじゃないですか。
この曲なんかまさにそうだったんですけど、これを聞けば当時の寿屋のことはもちろん、それに付随する当時のいろんな記憶を芋づる式に思い出すんです。
寿屋に入り浸った者たちで集まって、寿屋愛唱歌を熱唱したい、この懐かしさを共有したい。
そんなところに、自分の中のナショナリズムを垣間みたような気がしました。

「文化とは、特定のコミュニティで懐かしさを共有できるものである」

とは、ぼくが今考えた言葉です。
寿屋愛唱歌ぜひ聞いてみてください。

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女性必見、品のある食べ方(アニメーション解説付き)

こんにちは。おひさしぶりです。
唐突ですみませんが、まずは以下のアニメーションをご覧ください。本当すみません。

上記2つのアニメーションの違いがあなたには分かりますでしょうか?
上品さの研究に余念がない私は、カフェテリアにて優雅に食事中の女性を横目でじろじろ見るデイリーワークのさなか、ついに品のある食べ方の第一条とも言える振る舞いを発見しました。

アニメーションの違いのこたえは、”食べ物をすくってから口に運ぶまでの間に、口をあけている時間”です。
左の図では、口の目前まで持ってきた瞬間にぱくっと口をあけて、開口時間が最小で、めりはりがあり気持ちがよいですね。
一方右の図では、食べ物をすくってる間にもう口があき始めちゃっています。
食欲をおさえきれない感じが出ちゃって、だらしなさが実に目立ちますね。
そんな口ぱかーってあけんでも食べ物は逃げんからって言ってあげたくなりますね。

こっちのグラフは、食べ物をすくい出してから口に運ぶまでの間に口を開けている時間と上品さを示したグラフです。
上品さ(Politeness)1は最高上品値で、この値をたたき出すことは実質不可能ですが、1に近ければ近いほど上品に見えます。
上品値がマイナスに転じると、むしろ下品と見なされます。
この調査結果によると、開口時間が1.25秒をこえたあたりで下品さが目立つようになり、2秒をこえるともう目もあてられない下品値をたたき出していますね。

こちらのグラフを参考に上品なレディ各位は食事中の開口時間に注意し、改善のほうよろしくお願いいたします。
以上、取り急ぎここ最近の研究成果を報告させていただきます。

※また、以下の歩き方に関する考察もぜひ参照ください
20後半女性と30後半女性を後ろ姿で見分ける(アニメーション解説付き)

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エレベーターで起こりうる悲劇

「あなたがこの世で一番おそれてることってなんですか?」

大学生のとき、ぼくはある人からこう問いかけらた。
いっとき頭が真っ白になっていろんなことが頭をよぎって、
いろんな体験や知識を思い出して、比較してって繰り返して、
しばらくしてこれで間違いないってこたえがうかびあがった。

ぼくが一番おそれてるのは、
「死ぬこと」
じゃない。

「人を再起不能にすること」

たとえば、ぼくは両目失明したとしても、人生楽しめると思っているし、そう信じてそう言い聞かせて生きているわけだけど、ぼくが誰かの両目を失明させた瞬間、そういった信念とか理論武装とかすべて無に帰す。
失明しても人生終わりじゃないといくら自分では納得していても、その理屈を他人に押し付けることは不可能で、ましてや加害者の立場として到底口に出せることでもない。
やっぱり、自分に直接ふりかかってくる不幸よりも、自分の責任で他人を不幸のどん底に突き落とすことによって反射される不幸の方が、何倍か不幸中枢を刺激するんだ。

ぼくの親戚の知り合いの話で、酔っ払って道端でふざけてて、友人が後ろからからんできたところ、たまたまフッと立てた傘が友人の眼球につき刺さりそのまま脳を貫通して殺してしまったという話。
ぼくが認識してる不幸話ではこれが一番だと思った。

過失致死とか過失傷害とかそこまで重たい話でなくとも、「悪意なくやったことが相手を傷つける」パターンって日常にあふれている。
今日ぼくはみんなに共有しておきたいことがあって、
最近ぼくはエレベーターにのると、「悪意なく人を傷つける」類の悲劇をイメージせずにはいられなくて、ひやりとするんだ。
その一例を紹介したいんだけど、とてもショッキングな内容なので、この手の話が苦手な人は読むのやめたほうがいいかもしれません。

・・・
舞台はほぼほぼ満員のエレベーター。

ぼくはエレベータの出口に一番近いところに立っている。

扉が閉まろうとしたところ、ある女の子が急いだ様子で走ってくる。

それに気づいて閉まりかけた扉をあける。

女の子はほっとした様子で、ほぼほぼ満員のエレベーターにもぐりこむ。

ここまではよくあるシチュエーションだが、ここからいつもと少し違う出来事が連続して発生する。

エレベーターのブザーが鳴る。
つまり、重量オーバーだったんだ。
せっかく間に合ってほっとしたのもつかの間、女の子はエレベーターを出ないといけなくなった。

なかなかこういう体験って恥ずかしいじゃないですか。
しかも、女の子は急いでいる様子だった。

(女の子のかわりにぼくがエレベーターを降りよう)

という考えがふと脳裏をよぎる。
とても機嫌がいいときには、他人にいいことをしてあげたい気分にもなるから、

「お先にどうぞ」と声をかけて
ぼくがエレベーターを降りる。

悲劇が起こるのは次の瞬間。

ブザーが鳴り止まない。

X = ぼくの体重
Y = 女の子の体重
Z = その他乗客の体重合計
C = エレベーターの体重制限

C > X + Z …①
(ぼくとその他の乗客の体重合計はエレベーター制限よりも小さい)

C < X + Z + Y …② (①に女の子の体重を加えるとエレベーター制限をこえる) C < Z + Y …③ (②からぼくの体重を引いてもエレベーター制限をこえる) ①,③より、 Z + Y > C > X + Z
Z + Y > X + Z
Y > X

・・・
こんな不幸ってあるでしょうか。
傷つけようと思ってやったわけじゃない。
むしろ好意でやったにもかかわらず、相手を屈辱まみれにさせることもあるんだ。

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トイレ脆弱性

ありえないトイレ

トイレットペーパー以外は詰まりの原因となります。異物を流さないでください。

おそらくトイレットペーパー以外の異物を流す輩がいるという問題がことの発端です。
おそらく、この”異物”に含まれるのは、ティッシュペーパーとかが多いのでしょうが、
その他にもバラエティあふれるものが流されることがあったはずです。

流してOKなものとそうでないものを整理すると、

  • ○ トイレットペーパー
  • × ティッシュペーパー
  • × ガムの殻
  • × レシート
  • × タバコの吸殻

ブラックリスト法だと問題に対処しきれません。
ブラックリスト法とはつまり、流してはだめなものを定義し、それがやってきたときエラーとします。
流してはいけないものはこの世に無数にあり、それらを定義しつくすことは不可能だからです。

そこで、この問題の担当者はホワイトリスト法を採用しました。
ホワイトリスト法とはつまり、流すことを許可されたものを定義し、それ以外のものがやってきたときエラーにするというものです。

foreach($objects as $key => $obj) {
    if(!preg_match('/^(トイレットペーパー)$/i', $obj)) {
    	$rownum = intval($key) + 1;
    	$msg = "{$rownum}行目:<br/>";
    	$msg .= "トイレットペーパー以外のものがながされようとしています。<br/>";
    	$msg .= "処理を停止します。";
        die($msg);
    }
}
echo '水洗開始';

トイレットペーパー以外のものをひとまとめに”異物”と定義することで、その他無数の流してはいけないものをリストアップするコストを削減することに成功しました。
しかし、ここで致命的なバグが生まれています。

トイレットペーパー以外の全てのものを流すことを禁止したため、肝心のうんこを流さないで帰るという攻撃が成立します。

このセキュリティホールはただちに報告され、修正されるものですね。
みなさんうんこが流されないままになっているトイレに気をつけてください。

修正版:

トイレットペーパーまたはうんこ以外は詰まりの原因となります。異物を流さないでください。

foreach($objects as $key => $obj) {
    if(!preg_match('/^(トイレットペーパー|うんこ)$/i', $obj)) {
    	$rownum = intval($key) + 1;
    	$msg = "{$rownum}行目:
"; $msg .= "トイレットペーパー以外のものがながされようとしています。
"; $msg .= "処理を停止します。"; die($msg); } } echo '水洗開始';

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ブラジャーのデザイン

こんにちはmetheglinです!ひさしぶりにブログを書きます。山菜おこわ!

ファッションデザインへの目覚め著しいmetheglinは、今回あろうことかブラジャーのデザインに挑戦しました。
きっと需要があると信じて、本プロジェクトやりぬきました。

シシマイ

多種多様なデザインあふれるブラジャー市場にあっても、シシマイはない!さすがにシシマイはない!
シシマイかわいい!

クロスサスペンダーモデル

クレバーかつ育ちのよいmetheglinならではのアイデア商品がこちら。
寄せて上げたいのならばブラ紐を交差させるべきではないかというロジカルなデザインコンセプトによって完成した本モデルをわたしはクロスサスペンダー方式と名付けました。

どれが本物の乳か分かるかな?

乳当てクイズみたいにしちゃうっていうコンテンツ界のマグロmetheglinならではのブラジャーデザインがこちら。
3回連続で間違えるとしばらくログインできない仕組みにしてもいいですね。

フードがついてる

ふつうにかっこいいし、ふつうに流行るでしょこれ。
ふつうに渋谷で大流行っしょこれ。

  • 上の語が下の語を修飾しているもの
  • 類義の漢字を組み合わせたもの
  • 下の語が上の語の目的語となっているもの
  • 対義の漢字を組み合わせたもの

谷間がえげつない

きれいな谷間とはなんだろう。大半の人が谷間に関して思考停止していますが、わたしは停止しませんでした。
しませんでしたのでこのようなブラジャーを考えることができました、はい。

串刺し

串刺してるのはわりとみんな考えるかな。どうかな。
そりゃずっとブラジャーについて考えてたらおっぱい刺してみたくもなるわな。

ブラひもがなにかの動物の腸みたいになってる

ブラひもがなにかの動物の腸になってるパターン!なんらかの動物の腸になってるパターンやでこれー!

肩組んでるみたいになるパターン

肩組んでるみたいになってる遊び心満載の陽気なブラデザインのパターンやでこれ!

こういうのはどうだろう

こういうのはどうかなあ。
ブラからの~、七分袖~。
あんまうけないかなあ。

万札ブラ

実に大胆なブラデザインができました。この大胆さはありそうでなかったかもしれない。

metheglinブラ

ぼくの満面の笑みっていうのもねーあってもいいと思うんだよねー。

デパートとかで配ってるやつでつりーん

デパートとかでたくさん買い物すると買い物袋の指にかかる部分がすごい圧力になって手が痛いからって、むかーし配ってたんだけどわかるかなこれー。緑色の買い物袋持ち補助ツールみたいなこれわかるかなー。
このやつでつりーん!つりーん!てしてみたのね。

花柄

花柄のブラっていうのを考えたんだけどこれはすごいでしょ。
花ってすごくキレイだよね。カラフルでなごむし、いろんな種類もあってパターンには最適のモチーフだよね!
今いろんな花が品種改良によって生産されていてそれこそ多種多様でものすごい可能性を秘めた産物だと思うんだ。
そこに目をつけて女性用のブラに花柄のパターンをつけてみたのがこちら。

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